世界旅日記

フィリピン人と結婚した日本人妻によるハロハロ(雑記)ブログ

第三世界から来た教皇

 先週は新しい教皇フランシスコ1世が選出されたニュースで盛り上がりました。
2月末にローマ教皇を退位したベネディクト16世の後継者を決めるため12日から始まったコンクラーベで13日、新法王にアルゼンチン出身大司教ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿(76歳)が第266代法王に選ばれました。1272年ぶりの非ヨーロッパ圏、初の米大陸から選出された教皇です。バチカンの国家の長が選出されたという事実以上に、カトリックの宗教指導者が選出されたこと、そして何よりも長く続いたヨーロッパ人教皇ではないことが世界に驚きを持って歓迎されたように思います。

[メディアの反応]
 ここヨーロッパでは、選出された日の速報になり、翌日の新聞では一面が新教皇の写真になり、教皇選出の過程から、フランシスコ1世の出自、これまでの足跡などに触れられていました。イタリアからの移民の家庭に育ち、清貧を旨とするイエズス会に若くして入信。聖職者になってからは専用の宿舎での生活を断り、自らアパートを借りて自炊をしたり、公共の交通機関を使って素朴で質素な生活をするなど、どの紙面も新教皇の清貧を重んじ、素朴人柄を印象づけるエピソードが取り上げられていました。また、貧民街でのミサ、そして母子家庭出身の子どもに祝福を与えない神父たちを叱りつけ、神父として実践すべきことを解き、エイズの患者を訪れたり、聖書でイエス・キリストが実践したことを自らも実践したといいます。教皇になったからと言ってそれらが変わるわけでもなく、教皇専用の公用車を断り、自ら教皇選出期間の宿舎に料金を払ったといいます。

[教皇の名前はミッションステートメント?!]
 教皇になると新しい名前になります。ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿から、フランシスコ1世となったわけですが、名前はアッシジのフランチェスコに由来しています。私はイエズス会創始者の一人であるフランシスコザビエルからか、アッシジのフランシスコから来ているのか教皇自身の言葉を探し見つけることができませんでしたが、各紙はアッシジのフランシスコから名前を得ているとのことで、アッシジのフランシスコなのだと理解しました。アッシジのフランシスコは12世紀後半に生きたフランシスコ会フランチェスコ会)の創設者として知られるカトリック修道士です。清貧を重んじ、自然と調和した生き方をしたと伝記に記されています。
 ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿の生活やその人柄が教皇の命を受けて、与えられた名前に何ら違和感を持たないのではないかと思われると当時に、教会のあるべき姿を示そうとする一つの強烈なステートメントにも感じられました。

[批判記事とその理解] 
 大きい組織の性として批判記事も見受けられます。フランシスコ1世は、アルゼンチンが独裁政治にあったときに二人の神父が独裁政権に捉えられていたのに彼らを救おうとしなかったということ。同性婚・人工中絶・避妊への反対という面から保守的だとの批判を受けているなどなど。
 しかし、この二人の神父は他の独裁政権を経験している国の聖職者と同じように、活動家とともに地下に潜って活動をするなどしており(フィリピンでそういう話を何度か聞きました)、教会本体がその足跡を追うこと、時に行なった暴力的行為をいくら正義のタメといっても正当化することは困難ではないか?という疑問がわく。ちなみにその拘束された二人の神父は殺害されてはいないらしい(※確実な出典をさがす必要有り)。また教会とはその内部を開かれたものとする革新的な動きをするグループがあるものの基本的には「保守的」なのである。同性婚・人工中絶・避妊は、キリスト教、特にカトリックである限りは容認できない、教会としてしてはいけない問題だと私は理解しています。結婚は最も聖なることのひとつであり、それは聖書に起源をおき男女によってなされるものとされていること、人工中絶は神が与えた命を人間が絶つことであり罪深いとされている。どこから命とされているのかというと、もう胎児の時から一つの命として考えられています。そこを教会が「OK」と言ってしまえば、“モラル”と言うものが時と共に相対化してなくなるのかもしれません。個人的には教会の姿勢は賛成・不賛成否かではなく、ただ理論的に納得します。

[これから]
 批判的な反応も見受けられながらも概ね好意的に受け入れられたように思います。今日会ったオランダ人の神父さんは「世界の反対側から来た教皇の視点が教会全体にもたらす影響は大きい。オランダの聖職者も新しい教皇を歓迎している」言われていました。面白いことに「フィリピンの枢機卿カトリック界のオバマ」と言われているとも言っていました。これは蛇足ですが。
 第三世界からの新教皇は、教会の性的虐待への対応、バチカンから汚職をなくすことなど課題山盛りでその公職をスタートしました。教皇の手腕が問われるということもそうかもしれませんが、教皇がサン・ピエトロ広場で新教皇の登場を待ちに待っていた熱心な信徒たちに挨拶をしたときに「私のために祈ってください」と祈りによるサポートを求める場面がありました。カトリック教会という大きな三角形(ヒエラルキー)の中で、三角の下に位置すると考える信徒たちは自分たちの果たす役割が小さいと感じているかもしれませんが、教皇の請願が貧しくとも、誠実な信徒たちによって支えられている教会であることを示したと同時に彼等の果たす役割も大きいと認識した人達も多かったのではないかと印象に残りました。